2014年7月6日日曜日

Jul 2014 - p6/p7 - 

クルガン文化やオクサス文明と共にうまれ、サカ族によって各地に伝播した神酒ハオマ。しかしその精神と肉体への効能はたかだかカフェイン程度のもの。嗜好品の乏しい古代ならまだしも、いったいなぜいま"黄麻党"はその草を求めて暗躍するのか!?---そして、グレイソソの、モソクの、運命は…。






第六章 

ファーメンテイション 


「よーし、いいだろう。はじめよう。」
「はっ。」

「ここにあるのは、あのカスピ海から引き揚げたハオマ…ではない。

あの中にあった活きた菌。あれを培養し、アン博士の発見した古代種、Ephedra Maelificaを醸したものだ。

…そう。ファーメンテイション、つまり、発酵だよ。」


「!?」

「古代ギリシア、ペルシアの文献を紐解くと、そこにはわれわれの知る漢方薬あるいはMormon Teaとして流通していたエフェドラの効能を遥かにしのぐ、絶大なる力を持ったハオマのことが記録されていることに気が付く。」

「詩人の天啓、いやそれを超えた予言の力。戦士の活力、いやそれを超えたフジミの力。これらはいったい何なのか?古代人の単なる妄想なのか、あるいはおおげさな記述なのか?」

「ある者は考えた。より高純度の、より上質のハオマが、古代には生育していたのではないかと。たとえば、アン博士に依頼したというパールシーの富豪の女性がそうだ。彼らは普段は、インドに生育しないEphedraをイランやアフガンの高地から輸入している。さらに上があると考えたのだろうな。」

「半分正解、と言っておこうか。実際、Ephedraは高地に存在するものほど、Ephedrineの含有率が高いことが報告されている。現在Ephedraが生育する土地より高い高山地帯に、いまは滅びた亜種が存在したとしたら、あるいはそれは、より高濃度のEphedrineを有していることだろう。そしてそれは、実際にあった。あの、アン博士の発見した株が、それだ。Ephedraの古代種…。幸いにもまだ生き残っておったのだな。

…いや、それはとうに予想されていた。悪魔の草、災厄の草と呼び、その生育地を禁忌の土地として守ってきたパシュトゥーン部族の存在を知った時からわたしはそれを確信していた。まだある、と。」

「しかし、単に高純度なだけなら、何が貴重なのだろうか?それならば大量に摂取すれば同じ事ではないのか?古代の文献に記された特別な力が得られるとは到底思えない。」

「行き詰っていたわれわれにヒントをくれたのは、あのアゼルバイジャンの事件だった。湖で働いていた鉱夫のキョウボウ化。
銃弾を受けても倒れず検問を突破する暴走ライダー。
まるでアケメネス朝の超戦士そのものではないか!しかもその地はかつての帝国の領土。彼を変えたのはなんだったか?真のハオマではないのか?」


「そもそも、ハオマはなぜ、"神酒"と呼ばれるのか?考えてみたことがあるか?モソク・コッカリス。コーヒー、紅茶、緑茶。いや伝説の域をたどればマナに至るまで、神秘的な力を秘めているとされた品は多いが、"酒"と呼ばれたのは、このハオマ=ソーマと、ギリシアのアンブローシアのみ。これらはいったい、なぜ"酒"と呼ばれたのか…。」

「そう。発酵だよ。」

「最初は偶然だったのかもしれん。サカ族が草原を駆け巡りながらこのハオマを交易したせいで、本来のEphedraの生育地とは遠く離れた地まで、その草は届けられた。たとえばこれをアンブローシアと呼んだ、ギリシア。海に近く、地中海とはいえ大陸中央部に比べるとはるかに湿潤な気候。」

「そこで、ハオマは変質したのだ。」

「発酵。つまり菌の力によってな。」

ベニテングタケ
「調べてみると、文献にも、ハオマを発酵させる例が見つかった。しかもその際には、通常のハオマ摂取の際には見られない、陶酔状態が導かれるというのだ。これはかつて、科学者たちをして、ハオマの正体はベニテングタケではないのかと誤解させた要因でもある。トランス状態を導くドラッグかと考えたわけだな。しかし違う。ハオマは、キノコではない。草だ。それは東洋医学の世界で知られる、麻黄なのだから。」

「われわれ"黄麻党"は、ハオマを発酵しうる菌種の特定に心血を注いだ。しかし、それは見つからなかった。現代最高の設備を使い、知られる限りの菌種を試してみたが、ハオマを発酵させられる菌は見つからなかった。Ephedraの品種の問題か?それとも未知の菌が?」

「答えは両方だったのだ。」

「あの、パキスタンの高山に生えるEphedraがなぜ、悪魔の草、災厄の草と呼ばれ恐れられてきたのか。サカ族、つまりスキタイは広大なユーラシアの中でなぜ、あの狭く険しいカイバル峠を越えてインド亜大陸に進出したのか。それは、あの名付けてEphedra Maelificaのみが、発酵するハオマだったからだ。理屈はわからんがな。」

「そして、あの菌だ。恐らく、長い歴史の中で、地上では失われてしまったのだろう。あるいは、発酵ハオマの力を畏れた誰か、おおかたアレクサンダーだか誰かが、おそらくはペルシアとギリシアの復活を恐れるあまり、根絶やしにしたのであろうな。ペルシアの都を焼いたときかもしれん。」

「しかし、菌は残っていた。あの、湖の底に…。」


「さて。このくらいでいいだろう。いったい何がここにあるのか、君のように学識の高い兵士であれば興味があろうかと思ってな。しかし少々しゃべりすぎたようだ。黒龍よ!」

「はっ!」

「や、やめろー!」

「最強の兵士になれるのだ、何を恐れる?ワッハッハ!」

!?



ガン!
ガンガンガン!

ガチーィィーン!

「うわっ!」

「(て、手錠がはずれた!?
マグカップもぶっ飛んだぞ?

いや、こ、これは狙って!?

ま、まさか!

グレイか!)」




「あれを見ろ!」



ぶらーんぶらーん

ぶらーん…


ガガガガガッ!!

「うわー!」
「ぎゃー!」


「グ、グレイ!」

「なに!ピアース!?
やつはカスピ海に沈んだはずじゃ!?」

「あの男、ユーリって言ったか。わずかな酸素をわけてくれるとは、ロシア人だかウクライナ人だか知らんが、いいやつはいるもんだな。冷戦時代に戻って、オヤジたちに教えてやりたいよ。」

「ついでにこのなんだかわからんものも、拾ってきてよかった。」

「グ、グレイ、それ、樽に使う注ぎ口じゃ…」

「へー。モソク、物知りだな。」


「黒龍、猫浮、何をしている、やれ!!」


「わるあがきはやめろ!貴霜!」

「な、なんだ!?囲まれている!?」

「こ、こいつらは…」
ロシア軍、環カスピ海秘密軍管区所属、独立特殊任務旅団、すなわちカスピのスペツナズよ!」


「おまえたちはずっと、マークされていたのさ。」

「ロ、ロシア軍だと…」




ガンガン!
ガガガ!

「うわー!」
「やーらーれーたー」


「ポイソター!いけ!」

ワンワンワン!

「う、うわ、おれ犬ニガテ!
だって猫だから!」

「貴霜、いや、本名は丘 黄淳、元人民解放軍大佐にして、脱走兵だそうだな。この星に、きさまの行き場所はないぞ。」

「な、なんだと…

お、おのれ、キサマら…

おれを、おれを捨てるのか?

おれが何のために、

真の麻黄を求めたと!!


おーのーれー~」

パンッパンッ!

ガガガ!
「う、うわーーー」

(つづく)