2014年7月5日土曜日

Jul 2014 - p5/p7 - 

カスピ海のもくずと消えたグレイソソ・ピアース。"真のハオマ"と呼ばれる液体(?)の入った樽を牽き上げた黄幇、いや、黄麻党[Huan Ma Dang]。いったい、ハオマとは何なのか!?





第五章 

サカ・ハオマヴァルガー 


かつて、それは紀元前6世紀のこと、ユーラシア大陸を闊歩した騎馬の民がいた。

その名は、サカ

ギリシアではスキタイとも呼ばれた彼らは黄金を好み、馬を好み、定住せず、農耕せず、穹廬氈帳し、水草を逐い、羊と暮らし、そして…

…乾ききった大地に、ある草をみつけた。

それこそが、ハオマ

砂漠に転がる、何の変哲もない植物。

現代風にいえば、鱗片状の葉からなる小さな裸子植物だが、彼らにとっては単なるポワポワでしかなかったろう。

しかしあるとき…

…彼らはその驚くべき効能を知る。

それは、かつてオクサスの地(en/ja)で、あるいはさらに北方で尊ばれた、ヒトの力を何倍にも増す効力を持った薬となる草だった。

活力!剛力!瞬発!
明晰!鋭敏!着想!

ありとあらゆるヒトの美徳が、この草を煎じた飲み物を摂取することで得られた。

その飲み物は、神の酒。

ハオマ、あるいは、ソーマと呼ばれたこの神酒は、サカのあいだだけに留まらなかった。

元より、農地を持たず、交易を行わなければ暮らしていけないサカの民。

このハオマが主要な取引材料となるまで、長い時間はかからなかった。


ある時は、南は、アケメネス朝期のペルシアに運ばれ、学究の徒に嗜まれた。

---マギ

彼らの頭脳は当時の惑星随一となり、そのひらめき、その天啓は、やがて人類を導く数多くの宗教を産む源泉となる。

同じくハオマをソーマと呼んで尊んだインドの地でもこの頃、新たな宗教が幾つも生まれ出でたことは偶然だっただろうか…。

いや、そもそも、太古にこの神の酒をはじめて煎じたのは、こうしたペルシアのマギやインドの求道者の先達たちであったかもしれぬ。

西ではハオマ、東ではソーマと呼ばれた神酒。いまだデーヴァ[ヴェーダ/アヴェスター]とアスラ[ヴェーダ/アヴェスター]が袂を分かつ前、いまだ北方のかなたに居住していた頃からの、魂の糧であったやもしれぬ。


そしてサカとハオマはさらに草原を駆け抜け…


またある時は、さらに西の地に運ばれ、丘の上の神殿で神に仕える巫女にも親しまれた。

「わらわはこのところ、神の声が聴けませぬ。」

「心配ご無用。このサカ・ハオマヴァルガーが煎じた神酒を飲めば、たちどころにお悩みは解消しましょう。さあ、これを。」

後にヘロドトスは、サカの種類を論じて、カスピ海の向こうに住むサカ(すなわちサカ・パラドラヤ)、トンガリ帽子のサカ(すなわちサカ・ティグラハウダー)、そしてハオマを造り出すサカ(すなわちサカ・ハオマヴァルガー)の三種が居たと述べている。

「アアアー!!」

「聴こえる!
聴こえるワ!

いえ!チガウ!
これは、
わらわの力!
わらわの閃き!

わらわはいま
神となった!」

「われはミューズ!
詩神ミューズ!!」




このように、強力な強精剤、強壮剤であると考えられたハオマが、戦いにもちいられるのもまた、自然の理であった。

ペルシアでは、ハオマは暮らしにかかわる活力や繁殖力だけでなく、戦う力を高める薬としても重宝されていた。

「獅子だと!?アレクサンダーだと!?

どっちも恐るるに足らんわ!パールシの兵の力を見よ!」




実際、ハオマとは何であったのか?

現代の科学によれば、それは交感神経系に作用し、鬱血を除去し、代謝を高め、気管支の働きを活性化させるアルカロイド系の物質を含んだ植物だと考えられている。その正体を巡ってはさまざまな議論があるが、最も有力視されるのは、Ephedraと呼ばれる小型の裸子植物だ。

この植物から抽出される物質は、Ephedrineと呼ばれ、気管支炎の薬としてはもちろん、ダイエット食品、筋肉増強剤、果ては学生諸君の頭脳活性化の働きがあるとまで期待された時期もあった。ただし、頭脳活性化の面でのその効果のほどはというと、カフェインにも劣るとされ、ウワサほどには役だったことはないようだ。

かつては薬品、お茶、サプリメントなどさまざまな形態で流通していたその物質はその後、循環器系、特に心臓への副作用が発見され、当局による規制薬品となっている。



そしてハオマは、大陸の東へも伝わった。

そもそもEphedraはユーラシア大陸の乾燥地帯に広く分布している。モンゴル高原もまた、その重要な産地だ。

やがてハオマは漢字圏において、「麻黄/マオウ」という生薬として、気管支炎や喘息の薬としてもちいられるようになる。

その製法の伝播の経路に、サカ族=塞族と接し、タリム盆地やモンゴル高原に覇を唱えていた月氏、またはフン族匈奴の果たした役割があったかどうかは、定かではない…


(つづく)