Feb 2015 - p4/p5 -
オリンポスの時代、地下世界に君臨した冥王ハーデスと冥界の女王ペルセポネ。シ者の国と冬を司る二人には、長く、そして悲しい物語が、語り継がれた。正統ギリシア神話の解釈では、その物語はこんな風に伝えられる。
第四章 大地の妖精と四粒の石榴
やあ、ハーデス、最近どう?
やあ、あ、兄者。うん、わるくないけどちょっとさみしいね。ぼくもそろそろ妻をめとりたいよ。
例えば?
そうだね、兄者とデメテル姉さんのあいだに産まれた子、ペルセポネって言ったっけ?あの子なんかいいね。
そうかそうか、さすが弟、いい趣味してるな。いいぞ。ペルセポネを嫁がせよう。デメテルも大喜びだろう。
まじで!?兄者、ありがとう!
明日、ペルセポネを冥府の入り口のほうに行かせるから、お前のうちに連れて行ってやってくれ。
わかったよ。
-翌日-
あ、あれがペルセポネだな。
やっぱり、前はチラっと見ただけだったけど、可愛いな。よし。
やあ、ペルセポネ。はじめまして。僕はハーデス。君のおじさんだよ。お父さんから聞いてるよね?冥府にようこそ!さあ、いこうか?
え?え?何?なんなの?
キャー、お母さまーーーー?
…え?
ペルセポネ!ペルセポネ!ペルセポネがいないわ!?
ゼウス、ペルセポネをご存じでない?
さ、さあ…
ああいったいあの子はどこに行ったのかしら。探さなくては。
こうして大地の女神デメテルは悲しみに打ちひしがれながら娘を探して世界をさまよいます。
途中、弟のポセイドンに言い寄られたりいろんな苦労をしながらひたすら娘を探します。やがて太陽の馬車を駆る神ヘリオスが目撃証言をしました。
あー、デメテルさん、あんたの娘は、あの陰気くさいハーデスが地下に連れて行ったよ。
なんでもゼウスが許可したんだってさ。
なんですってーーー!
ちょっとゼウス!どういうこと!あの子をあのやせっぽっちのホネホネロックの陰気なハーデスなんかに嫁がせたってホント!?信じられないわ。わたしは認めませんよ!取り返してきて!
い、いや、と言ったってな…。いまさら、ハーデスが怒るだろ。
ハーデス!?その前にわたしが怒ります!!キーー!
デメテルは、怒りました。すると彼女の怒りと悲しみは大地を荒れさせ、神々や人々は飢餓の危機にさらされます。冬の到来です。
うーん、こりゃたまらん。これじゃあ世界は終わりだ。さすが第三代大地母神デメテル。わしらがいかに雨や海を満たしてもこの寒さでは実りはなくなってしまう。
やれやれ、仕方ないか。しかしなあ、ハーデスはああみえて怒るとムッチャ怖いんだ。ティタノマキアーの時の感じで暴れられたらマズいんだがなあ…。
-数日後-
ハーデス、かくかくしかじかでな。ペルセポネ、返してちょ。
なんだよーーーーー!
デメテルも喜ぶって言ったじゃないか!!!!
あれはデタラメだったの!?
…うん。
じゃ、じゃあもしかしてペルセポネが毎日泣いて暮らしてるのも、、、もしかして
…うん。あの子もお前のことイヤみたい。
がーーーーーん。
許さない!許さないよ!兄者、許さないぞ!僕が傷ついたこともくやしいけど、そのことじゃない!ペルセポネが、ペルセポネはホントは冥府に来たくなかったのに僕にさらわせたなんて、ヒドいじゃないか!ペルセポネがかわいそうだよーーーーー!!
ババーン!! |
う、うわー!やっぱり出た!ハーデスの怒りのシニガミモード!!これにはかなわーん!す、すまん、許せハーデス。許せっ。ホントにわるかった。
オオオーーーン! |
うわーーーー!!!
(そ、そんな…。ハーデスさま、怖い方だと思っていたけど、いえ、実際思っていた以上に怖いけど、でも、でも、わたくしのために涙を流して怒ってくださっているなんて。あんなみためで、ホネホネロックで痩せっぽちで気持ちわるいけど、でも、心は優しい方なのね。でも、でも、母さまが呼んでいるし、わたしは豊かで暖かい地上の世界に帰りたい。ハーデスさま、許して。)
ハーデスさま、諦めなさって。父さま、わたくしを地上に連れて行ってください。
お、おう。な、ハーデス、本人もこう言ってるし。
もうみんな勝手にしろーーー!
ああ、ペルセポネや。怖かったでしょう、寒かったでしょう。でももう大丈夫ですよ。こうしてあなたが帰ってきたからには、大地は蘇り、実り、再び豊かになります。
ああ、母さま。
うれしいわ。でもハーデスさまは優しい方でしたよ。わたくしのことも丁重に扱ってくださったし、それに冥府にもおいしいものがありましたわ。
え!なんですって!?あなた、何か食べたの!?
え、ええ。ハーデスさまがくださった赤い果物を四粒ほど。わたしちょっと情緒不安定になっていたのですけど、ハーデスさまがこれが効くからと。おいしかったですわ。
あああああ。なんてこと。ペルセポネ、おまえは知らないの?冥府の食べ物を口にしたものは冥府の住人となるという決め事を。
え、え?
そ、そうだ、ゼウス、これは例外ですよね。そもそもあなたの陰謀が元なのですから、例外を認めますよね。
うーん、いやしかしそれでは秩序というものがな…。
いまさら何を言うのよ!!バカゼウス!
う…。しかし、ダメなものはだめ。決まりは決まりだ。ペルセポネはやはりハーデスのもとに戻るのだ。
ちょっといまさらそれはないでしょう?何とかならないの!
うーん…(ま、まずい、カンゼンにド壺にはまった。ハーデスはキレるし、デメテルも結局怒るし、どうすればいいんだ…そ、そうだ!いいこと考えたぞ!♪)
ピカピー!! 電光のように閃いた! |
こ、こういうのはどうだっ。
石榴を四粒食べたと言ったな、娘よ。では一年のうち、四か月だけ地下で過ごし、それ以外の時期は母デメテルの元に戻るというのはどうだろう。そうだな、11月から、12、1、そして2月までハーデスのところにいるがよい。そなたもあの心優しきハーデスにまんざらでもなかったではないか。そして3月になったら母のところに、地上に戻ってきなさい。これならみなが幸せになれる。
何がみなが幸せよ!この偽善者!…でも、仕方ないわね。掟は掟。世界の秩序を守りつつ、ハーデスの激昂もなだめつつ、そしてわたしがまた娘と共に暮らすにはそれしかないわね。いいでしょう。ペルセポネや、年に四か月だけ、ガマンしてくれますか?
は、はい、お母さま、お父さま…。
…こうして、ペルセポネは年の1/3を冥界のハーデスの元で暮らすようになり、後には冥界の女王と呼ばれるまでになった。しかし、彼女も、その母デメテルも、そのあいだ悲しみに暮れ、地上の実りを成すことをやめてしまうため、11月から2月に至る季節は「冬」と呼ばれる寒く悲しいシの世界となった。やがて3月になり、ペルセポネが地上に戻り、その喜びのあまりデメテルがあらゆる生命の息吹を蘇らせる「春」という季節が来るまで…。
これが
ハーデスと
ペルセポネの
物語
-完-
ちょ、ちょ、ちょっと待って!なにこれ!こんなんじゃないよ!ボクはこんなヒドいことしてないし!ペルセポネとの出逢いも、そもそもボクが冥界の王となったのも、こんな事情じゃないんだよ!ぼ、ボクの話も聞いておくれよ!
何やらご不満の様子のハーデス君。では次回は、ハーデスの語るもうひとつのギリシア神話、もうひとつのなれそめを、聞いてみることとしましょう。