Jun 2015 - Chapter 2
崔准教授とともに菌と発酵の世界をめぐるプレモの旅、『PBC 地球伝説 - ちいさなちいさないきもの』。なにやらナゾの女の子たちも参加して、話はますます荒唐無稽、奇想天外に!?
発酵食品と酪農製品で世界を制覇する、女系企業集団ウォルフェン・ホールディングスを率いるカニンガム=ウォルフ一族の語る、新たな発酵の世界とは?
第二章 マルヴァ・カニンガム=ウォルフと「蘇」
よし、では続けましょう!
…は、はあ。。。
…えー、カニンガム=ウォルフ姉妹は、細菌学者であったおばあさまのオーガスタさんが興した、サラミ、チョリソー、波紋セラーノ…じゃなかったハモンセラーノ、それにエイジドビーフを生産するウォルフェン・フーズ社を引き継ぎ、新たに乳製品、特にヨーグルト類を得意とするウォルフェン・ラクティック・プロダクツ社など、主に発酵食品の世界で事業を拡大。
実はいまボクの国でも、ウォルフェン社のキムチが人気なんですよ~。伝統製法にも勝るとも劣らない、あの味!
ところでお二人にはもうひとりお姉さまがいらっしゃいますよね?
ええ、姉のユージェニーは酪農家で、わたしたちがラクティック・プロダクツ社をはじめるきっかけを作ってくれました。
ウシやヤギといるときの方が、ニンゲンといるよりも幸せっていう、ちょっと変わりものですけど…
特技はサイレージ!これも発酵ですっ。
とても優しい姉なんですよ。
ただ、好きな琉球泡盛を飲むと、ちょっと議論好きになっちゃうんですが…。
(あ、あの打ち合わせの時の長セリフは、アスペルギルス・アワモリ君の仕業だったのか…)
ベエー
ベエー
ヤギといい、泡盛といい、なんだかちょっと、琉球フェチなのか?長女ユージェニーよ。。。
わたしたちは三人とも、祖母の方針で幼い頃から科学と自然に囲まれて育ってきました。こうして、菌類、細菌、そしてウシたちやヤギたちに助けられて事業に成功しているのも、そうした祖母の教育あってこそだなって感謝してます。
あ、このラップトップは、ドイツ製です。うち、祖母の夫、つまりわたしたちのおじいちゃんがドイツ人なんです。
名前はホースト・ウォルフ。故人ですけど。
あ、あれは?
(あっ!あいつ、来るなって言ったのに!!)
(あー、ファイアが来てるよー)
ど、どなたでしょうか…
なんとなくユージェニーさんとファラウェイさんに似ていますし、それに同じラップトップを持っているような…でもあの魔女っぽい身なりは…アクシュミですね…
はじめまして!
わたし、カニンガム=ウォルフ四姉妹の末娘、職業菌類学者にして趣味昆虫学者の、ファイアです!
ファイアって名前は、そう、fireflyにちなんでつけられました~
fireflyは輝く昆虫!その発光作用はluciferinと呼ばれる発光素。luciferaseと呼ばれる酵素-たとえば蛍の場合は、ホタルルシフェリン-4-モノオキシゲナーゼ (ATP加水分解)、通称ホタルルシフェラーゼと称される酵素-の作用で分解されて…
はいはいはいっ!そこまでっ!(あー、ファイアの話はこの劇団向けじゃないんでっ。それに、発光と発酵、、似てるけどチガーウッ!)
カニンガム=ウォルフ家
左から
ユージェニー(長女)
ファラウェイ(次女)
オーガスタ(祖母 ホントは母)
マルヴァ(三女)
ファイア(四女)
…その正体は…
…ここでは明かされない…
…ここではあくまで…
…微生物と発酵を愛する
科学者にして実業家集団…
ウォルフェン・ホールディングス社の創設者オーガスタ、現総帥ファラウェイ、敏腕研究者マルヴァ、そしてナゾの魔女っ娘末娘ファイア!
われら、カニンガム=ウォルフ一族であーる!
(き、決まったワ)
え、えーと…
自己紹介はこの辺にして、そろそろ、発酵の話をお願いできますでしょうか…
あ、そうね、そうだったわね。これは失礼。えー、コホン。
発酵は、わたしたち人類に豊かな食生活と食文化を与えてくれました。遠く太古の昔、まだ冷蔵庫も保存料もなかった頃、めったに手に入らない食糧が、時と共に劣化し腐敗していくことに嘆いたわたしたちの祖先は、最も古い食糧保存の方法として、この発酵、つまり、fermentationという生物化学変化を生活に活用し始めました。糖をはじめとする炭水化物やその他の物質を、菌類や細菌の持つmetabolismすなわち代謝の作用で分解し、乳酸や酢酸などの酸や、あるいはアルコール、そして二酸化炭素へと転換。これにより…
(あ、お、お姉ちゃん、それ、発酵学者であるわたしのセリフなんじゃ…崔准教授っ!ちゃんとこっちに振ってよ!)
(は、はいっ!)
え、えっと!マルヴァさん!マルヴァさんの最近の研究テーマについて、聴かせていただけますか?
ハイ! いまわたしが取り組んでいるのは、アジアの発酵、特に乳酸発酵ですっ!
もともとヨーグルトなど、中央アジアから東欧の乳酸発酵を研究していたわたしですが、先ほど崔さんもおっしゃったキムチの製造をきっかけに、アジアの発酵文化についてとても関心を持ったんです。特に、アジアの酪農製品、乳酸発酵された酪農製品の歴史と由来に。
たとえば、崔さん、「蘇」って聞いたことありますか?
え?蘇というと、あの、ニッポンで最初に作られたチーズだとか言われる、あの「蘇」ですか?ニッポンには近代になるまで酪農は普及しなかったわけですが、それでも古代には確かに、乳酸発酵酪農品が食べられていたという数少ない証拠ですよね。
そう、八世紀のはじめに、典薬寮の乳牛院と呼ばれる組織、つまり、皇室の医薬品を司っていた行政機関が生産に携わったと言われる乳酸発酵の乳製品で、カッテージチーズに似た味わいがある食品として再現されていますが、、、
この「蘇」という言葉はもともとは、乳製品を指すものではなかったと、わたしは考えています。
え?というと?
それは、ニッポンからは遠く東シナ海を挟んだお隣の国、チウゴクの中南部で作られていた、別の発酵食品を指す言葉だったのではないかと思うのです。
なるほど、チウゴクの中南部と言えば、蘇州市、江蘇省など、「蘇」の文字を冠する地名がありますね。ニッポンにも、阿蘇山、蘇我氏、蘇民将来など、蘇の文字をもちいた重要な固有名詞がありますが、この蘇、チーズじゃないんですか?
ええ、わたしはこの「蘇」とはもともとは、発酵した魚、つまり、なれずし(熟れ鮨/熟れ鮓)を指していたと考えています。
ええ!?蘇が、チーズじゃなくって、鮒寿司なんかの熟れ鮨ですって??
(あ、それでさっきの、鮒寿司の話をご自分でなさりたかったのか~。それは、、、ワルいことしたな~。)
「蘇」という字をご覧ください。
草かんむりに、蘇生、蘇りを表す「穌」の文字からなっていますが、そもそもこの「穌」は、魚と穀物(禾)を組み合わせた文字です。それに更に草が被せられている。これ、どうみても、魚とお米などの穀物を並べて、それをさらに草で覆った様子を表していると思いませんか?
あ、、、た、たしかに…。
温暖で湿潤な地域では魚はすぐに劣化します。でも、ある種の穀物と一緒においておくと、発酵して、みためこそわるくなれども、長持ちする食品となる。このことを知った古代のチウゴクの人々は、魚と禾を組み合わせて、ヨミガエルという意味の文字を作り出した。
ちょうど、「禾」をハコに入れて、「草」で蓋をしておいたら起きる現象を、あるいは、そのハコからはえてきた「草」状のものを、「菌」という文字であらわしたように…。
あ!ホントだ!「菌」という字は、、、こりゃコウジカビ、アスペルギルス属を表す文字ですねえ!まったく気づかなかった。いやー、韓国では漢字をベンキョウしないからだけど、ヨーロッパ出身のウォルフさんに指摘されるとは、こりゃまいったなあ~。
いずれにせよ、「蘇」とは、本来、チウゴクの華中から華南地域で作られてきた魚類の発酵食品、魚と米とを一緒にして醸した、熟れ鮨の原型となる、照葉樹林文化の代表的な発酵食品だったと考えるのです。おそらく、「菌」という文字と「蘇」という文字を作ったのは、同じ文化圏に属する人々だったのではないでしょうか。
な、なるほどー。米を発酵させる文化と、魚を発酵させる文化。南の発酵文化ですね?でも、それがなぜ、乳製品、酪農製品だってことになってしまったのですか?
いい質問です。本来、亜熱帯から温帯にかけて連なる文化圏に属し、発酵食品といえば米、魚、そして肉を中心としていたニッポンの古代に、いったい何が起きて、「蘇」がチーズを指す言葉に転用されるに至ったのか。それを知るには、乳酸発酵と酪農製品を専門とするわたしの、永い長い話を聞いていただくことになりますが、よろしいですか?
…え、ええ。わかりました。ではひとまず、次回に続けましょう。。。
(やった!わたし、目立ってるわ!二回にかけて、出番なのね!)