2015年6月13日土曜日

Jun 2015 - Chapter 3 


さすがの実力派、発酵学者のマルヴァ・カニンガム=ウォルフにより新たなる展開へ突入した『PBC 地球伝説 - ちいさなちいさないきもの』

崔准教授の影も薄れ、解説を引き取ったのは三女のマルヴァさん(漢検一級?白川静派?)。アジアの発酵食品「蘇」のヒミツとは?(まだ明かされないかも…^_^;)



第三章 二つのヨーグルト ブルガリアそして…




モウー

モウー

おや?あれは?スイギュウ、Water Buffaloですか?

あ、もしかしてっ




その通り!崔准教授、スルドいですね!

(いえ、まだ何も言ってませんが…)

いまここでは、モッツァレラチーズを作っています。ピ~ザ・モッツァレラ♪ピ~ザ・モッツァレラ♪


え、えっと…。

あ、失礼。モッツァレラチーズといえば、トマトとオリーブオイル、そしてバジルとあわせたインサラータ・カプレーゼが超おいしいあのチーズですが、ピッツァのクァトロ・フォルマッジにも欠かせない一品です。

(そうだった…モッツァレラ、本来は水牛のミルクで作るんだった。

でも、イタリア水牛であって、そこにいるアフリカ水牛じゃないと思うな…。これ、新しいアフリカンモッツァレラなのかな?)


ユージェニーお姉さま、スタジオにスイギュウなんて連れてきて…マズいよ…

あら?おいしいモッツァレラはゼッタイにスイギュウよ。

いや、そういうことではなくって…。

だって、きょうは乳製品、酪農製品の話なんでしょ?





(ああ、わたしって、この一族の中では常識人だったのね!いえいえ、気を取り直して、進めないとっ)

えー、モッツァレラをはじめチーズもまたアオカビサーモフィルス属の細菌の作用で作られる酪農発酵食品ですが、ここでわたしが紹介したいのはこちら、ヨーグルトです。

(あー、やっと元に戻った。。)


ヨーグルト/Yogurtとは、トルコ語で"かきまぜる"という意味のyoğurtという語が語源となったと言われているように、牛の乳をかき混ぜていたらうっかりできちゃった的発酵食品です。

え?うっかり?
それって、ホンオフェと同じ…

ええ、発酵食品の多くはその起源において、うっかりさんの存在が見え隠れするんですヨ❤

そ、そうなんですか…


ヨーグルトの製造に欠かせ無いのは、崔准教授が初回で述べたとおりラクトバチルス属とサーモフィルス属の細菌。ところでそのLactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricusが元来はサンシュユと呼ばれる樹の枝に存在していた細菌だったというのはご存じ?

え?木の枝?確かに、バチルス属は土壌や植物の表面に多数存在しますが…




かつて、ブルガリアもしくはその近辺の土地で、採取した乳をこのサンシュユの枝を使って撹拌し、その後放置していたところ、なんだか酸っぱい感じのミルクになった。腐ってる~とおびえたことでしょうが、勇気ある誰かがこれを食してみたところ、うまい!そしてなんだか健康になる!というわけでできたのがヨーグルト。これ、L. ... bulgaricusの遺伝子を調べることによって判明しました。

もっとも、初期のヨーグルト的な食品は、サンシュユの枝から入ったL. ... bulgaricusではなく、乳牛やヤギ、ヒツジなどの食べたラクトバチルスが乳に混じった、あるいは遺伝的に牛の体内に存在し続けたことにより、ヨーグルトを産み出したという考え方もあるようです。例えば、最も古い時代のヨーグルト的食べ物は、聖書に描かれた時代のイスラエルや、古代インド、あるいは古代イランでも食されており、ハチミツと共に神々の食べ物と呼ばれたり、かのアブラハムの長寿と子孫繁栄のよりどころだったと言われたり。初期のヨーグルト的食べ物は、ミルクを入れて持ち歩いていた山羊革の袋から入ったLactobacillus属の細菌の作用で産まれたとも言われています。

こんな歴史の深いヨーグルトですが、わたしたちの住むヨーロッパに知られたのはごくごく細菌、、じゃなくって最近になってからのこと。

ローマの大プリニウスによって蛮族の食べ物と呼ばれたように、いわゆるヨーロッパ圏には長らくエキゾチックな食べ物だったのです。

流れが変わったのはオスマン帝国時代。ブルガリアを領有していたオスマンで食されていたこのヨーグルト。やがて、戦争を経てロシアに割譲されたブルガリア。そこではじめて、ヨーロッパとヨーグルトが大々的に接触します。

ジェノヴァに棲んでいたブルガリア人学者のグリゴノフさんがブルガリアヨーグルトの中からL.ブルガリクス(当時はB.ブルガリクス)を発見したのは先に崔さんが述べたとおりですが、更に、これに影響を受けたロシア系ユダヤ人学者イリイチ・メチニコフさんはパリのパスツール研究所でこの細菌とヨーグルトを研究し、その健康に与える影響を考察しました。彼によれば、ブルガリアの貧農が他地域の同様の人々に比べて長い寿命を誇ったのは、この食品、この乳酸菌のおかげだとか。

オスマン帝国や、ブルガリア帝国、それだけでなくキプチャク突厥匈奴の強さも細菌パワーだったのか!?

いやいや…。



ただ、大々的に紹介されたのはこうした近代になってからですが、近世のヨーロッパにもヨーグルトはちゃんと届けられていました。

それは、16世紀。フランス王フランソワ一世がヒドい下痢に悩まされたとき、対ハプスブルク家戦略上の同盟国であったオスマン帝国の宗主、大帝スレイマン(Suleiman the Magnificent)によって届けられたお見舞い品。それがこのヨーグルトであり、ヨーロッパの医学ではどうしようもなかったフランソワ一世の腸内フローラはヨーグルトパワーで見事に回復したのでした。

ヨーグルトがなければ、その後のフランスの繁栄はなかった!?


さらにヨーロッパにおけるヨーグルトの歴史は、20世紀になり、オスマン帝国領だった現在のギリシャ、テッサロニキ出身の医師兼実業家のユダヤ人、イサーク・カラッソによって大きな転換期を迎えます。

オスマン帝国の近代化運動として有名な青年トルコ革命の中心人物を叔父に持つイサークは、政治活動には身を投じず、バルカン戦争の戦火を避けて現在のスペイン、カタルーニャバルセロナに移住。おなかの病気に苦しむ幼児を救い、かつ事業として成功させるべく、ブルガリアからヨーグルトの種を輸入。メチニコフの研究とパスツール研究所の培養技術を活用して、工業的なヨーグルト生産を世界で初めて実用化しました。ちなみにこの頃、ヨーグルトは食品というよりも医薬品として、薬局で販売されていたそうです。

このカラッソの興した事業は、皆さんもご存じ、あの、ダノングループへと発展しています!発酵産業の元祖、わがウォルフェン・ホールディングスの大先輩、ダノングループですね。


(うーん、さすが発酵学者のマルヴァ・カニンガム=ウォルフ。迫力が違うなあ。どれもこれも、英語版Wikipediaのヨーグルトの歴史の欄に書いてある通り!!)





ブルガリア、トルコ、ロシア、フランス、ギリシャ、スペイン、そしてイサークの息子ダニエルの移住先であるアメリカなどを巻き込むヨーグルト近代化の歴史。

ただここでわたしが思うに、ヨーグルトはもともとブルガール人が発明したものではなかったと思います。

大プリニウスが"蛮族の国の発酵食品"と書いたように、当時のギリシャ近辺、バルカン半島ですでに作られていたヨーグルト。これ、恐らくはスキタイサカなどの遊牧騎馬民族に既に知られていたということではないでしょうか。

そしてそれは、サカ/塞族から月氏匈奴などのユーラシア東部の遊牧民にも伝えられたいたとわたしは考えています。

それが、いわゆる馬乳酒、あるいはテュルク系の言語ではkumisと呼ばれる乳製品。馬の乳に含まれる乳糖が酵母によって分解されわずかにエタノールを生じていますので、アルコール発酵、ゆえに馬乳「酒」と言えるわけですが、同時に、ラクトバチルス属の乳酸菌による乳酸の発生を伴い、結果、酸っぱいお酒ができます。ヨーグルトリキュールとも言えるかもしれません。

kumisという言葉はアラム語で発酵した、酸っぱいという意味を指すkhametsという語が由来となっています。これ、聖書において発酵食品を意味している語と同じ起源なんですよ。おそらく、8世紀から9世紀にかけて、ネストリウス派のキリスト教が中央アジアに拡散していった過程で伝わった語ではないでしょうか。ちなみにモンゴル語では、airagって呼ばれます。

紀元前3,000年頃に現在のカザフスタンにあったボタイ文化の頃に作り出されたのではないかと言われている、kumisの原型。実はギリシャの歴史家ヘロドトスによって、スキタイ人の習俗として描かれているんです。そこには、木製の樽にいれて「かきまぜる」という行為が記述されています。ラクトバチルスは、この樽に居たのか、それともかきまぜ棒にいたのか…。とにかくっ。牛の乳と馬の乳。原料こそ違えぞ、乳を発酵させる文化が古代のバルカン半島からカスピ海沿岸にかけて既に知られていたこと、そしてそれが東の草原へと拡がって行ったことはおそらくマツガいありません。

後の時代、13世紀に旅行家ウィリアム・ルブルックがモンゴル帝国のcosmosという飲み物について記録していますが、この二人の記録は一致。すなわち、スキタイからモンゴルへ。恐らくは匈奴や月氏、それにテュルクの諸族を経て、草原を東へヒガシヘと、乳を発酵させる文化が伝えられていたのでした。[以上、典拠はこちら]


そして近代にいたっては、そのバルカン半島に影響力を増したロマノフ朝ロシア帝国によって、逆に西向きの旅をはじめた…。

その間、およそ2,000年…。

いや、ボタイ文化から数えれば5,000年!

悠久なる細菌とヨーグルトの歴史!!


あー、ブルガリアの諸君、わがロマノフの庭へようこそ。


…だれ、このおっさん?

…。

by ツァー・アレクサンデル



ところでここで、もうひとつのヨーグルトについてもお話を。

それは、ジョージアのヨーグルト。最近、ニッポンでもようやくジョージアと呼ばれ始めた旧ソ連の構成国グルジアGeorgia。ここは隣国アルメニアと並んで、もうひとつのヨーグルト、すなわち、カスピアンヨーグルトmatzoonの故郷なのです!

ブルガリアヨーグルトと同じく、ブルガリクスとサーモフィルスによって産み出されるとも言われるmatzoonですが、ニッポンの研究によればクレモリス菌FC株Lactococcus lactis subsp. cremoris FC)と呼ばれる連鎖球菌の一種が活躍しているとか。このクレモリス菌FC株は、ブルガリクスがほとんど胃で死滅してしまうのに対して、活きたまま腸まで届くと言われるいわゆるプロバイオティクス乳酸菌のひとつ。メチニコフさんが考えた、ヨーグルトの腸への効果は、ブルガリアヨーグルトよりもカスピアンヨーグルトのほうが上!?

ところでこのmatzoonという言葉、聞き慣れませんが、実は20世紀にアメリカ合衆国にはじめてヨーグルトが紹介され、ヨーグルト製造会社がホソボソ立ち上がりはじめた頃、購入する消費者の多くがアルメニアやイラクからの移民であったために、テュルク語起源の"ヨーグルト"という名前ではなくてコーカサス方面の呼び方である"matzoon"のほうが使われていたんだそうです。へー。



で、、、

…誰?

…竜と騎士?




我が名は、聖ゲオルギオス

すなわちSt. George!




ギリシャ人の血脈に産まれ、小アジア(現トルコ)でローマの軍人として勤め、やがてディオクレティアヌス帝時代にキリスト教に準じた、Georgios!
後に中世のグルジア/ジョージアにて、竜退治の伝説が産まれ、槍の英雄、竜殺し(Dragon Slayer)として知られることとなった、グルジア/ジョージアの守護聖人。

グルジア/ジョージア国旗や、ユニオンジャックに含まれるイングランド国旗の"白地に赤十字"は、聖ゲオルギオスを表す十字なのですヨ。



ではここで、St. Georgiosさんに、ドラゴン退治の一幕を演じてもらいましょう!

ハイっ!


…ドドド ドドド…




ドドドッ!オラオラオラオラオラ!

ちなみに「グルジア」なのか「ジョージア」なのか、ですが、この国の国際名は、聖ゲオルギオスの国を意味する名"Georgia"であり、1990年から1995年まで、つまり旧ソ連時代末期にも、英語での正式名称をRepublic of Georgiaとしてきました。ちなみにグルジア語(カルトリ語)では、「カルトリ人の国」を意味する「サカルトヴェロ」というのが本名。五世紀には既に登場している、この国の古名であり、本名です。まあ、ヤマト的な。高麗的な。

ではグルジアとは?こちらはロシア語における呼び名、グルーズィヤが元になった呼び名。更に元を辿れば、中世のペルシャ語名、「グルジュ・グルジャーン」という名前がなまったもの。この名前が元で、隣のアナトリアに縁の深かった聖人、聖ゲオルギオスと結びつけられた、というのが真相のようです。

であればグルジアでもジョージアでも同じ意味なんだからどっちになまってもいいじゃん!と言いたいですがそれを許さなかったのがここ20年あまりの国際政治情勢。

現在、ロシア語形である「グルジア」系統の呼び名を使っているのはかつての共産圏を中心とした少数派で、英語形である「ジョージア」のほうが主流となっているんだとか。そして同国自身も、最近のロシアとの紛争、クリミアの紛争における新ウクライナ、新欧米的な立場を反映して、「グルジアって呼ばないで!」「ロシア語で呼ばないで!」運動を展開しているんだとか。ニッポンでも、2009年の同国政府からの要請を受け、2015年遂に、公式にもジョージアの呼称を採用しました。そうすると、右へ倣え、政府へ倣えなニッポンのこと^_^;、企業においてもジョージアの呼称を採用し始め、某ヨーグルトメーカーのCMでも、ジョージア(旧グルジア)なんて表現が見受けられるようになりました。

以上、Wikipediaより。

…にしてもアメリカのジョージア州と、英語では同じと知りつつも、カタカナだと区別しやすかったのが、ややこしやややこしや…

…そして、かの悪名高きスターリンの出身地がこうしてロシアと敵対しているなんて、新世紀だ…



(キャー!イケメン!

兜を下ろしちゃもったいないワっ!




俳優さん、確か、名前はクリストファーさんって言ったっけ?撮影終わったら絶対に接近しなきゃ!天才にして富豪、そして美女なわたしなら絶対、あのイケメン俳優をモノにできるワっ!)


ブラーヴォ!
ブラーヴォ!

キャー!

…あ、あの、ドクター。。。そろそろ本題に戻っていいですかね?

…え?ああ、崔さん、居たの。

…もちろんですヨ(T_T)




グルジア/ジョージアと言えば、前回の『PBC 地球伝説』で紹介したアルゴー号の金羊毛伝説の舞台、コーカサスのコルキスがいまのグルジア/ジョージアですよね。



ええ、グルジア/ジョージアは、いまでこそ紛争地帯、安定しない地域という印象が強まってしまいましたが、コーカサス山脈という、アジアとヨーロッパ、インド=ヨーロッパ語族話者とテュルク民族の交差点にあたる地域に古くから存在する、重要な地域であり人々。

一説には、最も古いワインはここグルジア/ジョージアで紀元前8,000年頃から作られていたと言われています。

そもそも野生の葡萄というのは、現在のアルメニア、アゼルバイジャン、そしてグルジア/ジョージアなどのカスピ海沿岸地域の植物。

イランのザグロス山脈近辺よりもさらにさらに旧い最初のワインというわけですね。

ギリシャ神話の酒の神ディオニュソス(ローマにおけるバッカス)が、迫害を避けた東方遍歴の末にワインの醸造方法をギリシャに持ち帰ったのが、ヨーロッパにおけるワインのはじまりとされていますが、これも、グルジア/ジョージアからの製法伝来を物語っていると思われます。(ただし東方=ペルシアである可能性も否定できませんが。)


そして現代でも、グルジアワインは有名!(専門店テイスティングバー

(うーん、またしても、スキタイ、サカ、月氏、匈奴、そしてコーカサス山脈とギリシャ、ローマ、そしてペルシア~。劇団プレモ座、マンネリ現象発動!!^_^;)

崔さん、何か言いました?

ギョロ
ギョロ
ギョロ

う、い、いえっ!