Sep 2015 - Chapter 4
「あの日、僕は管区長からの指示で、湖沼地帯の巡察に行かされることになった。かの帯剣騎士団侵入の噂があり、その偵察ってことだった。実際のところどうだったか。僕の性根を叩き直そうっていう管区長の意図は、みえみえだった。でも、彼らの村の近くに行っていいというのはちょっと心躍る話だった。それも数日。寝泊りすれば、おもしろい話も聞けるかもしれない。その頃には僕は彼らの言葉も少し覚えていたのだ。ただ、あいつが一緒ってところだけは気に入らなかったけど。」第四章 湖沼の攻防戦
<おーらが潟にも
春がきてー♪
おーらが孫にも
晴れ舞台ー♪
せーんぞ伝来、
たーからの毛皮♪
まーごが着たなら、
ハイ!一人前~♪
っとな。>
<おーい、ベコや、もうちっと早く歩いてくれんかい。わしゃ日が暮れるまでに、あの沼地を越えて、向こうの村まで行かんといかんのだ。>
モウ~
モウ~
<やーれやれ。>
<こりゃもう一晩ほどかかるかのぉ。約束の満月の夜に、まにあうかどうか…。>
ガサガサッ
ガサガサッ
<ややっ
何だ、あの音は?>
ガチャガチャ
ガチャガチャ
<ん?まさか、
鎧の音?
皆の衆か?
おーい、おーい、どうしたー?>
<おーい、どうしておまえたちがここに…
…!?
ち、違うっ!>
<お、おぬしたちは、、、>
かの悪名高き、
リ、リヴォニアの
帯剣騎士団かっ!!
こんな奥地にまでやってくるとはっ!!
<…くっ。仮にも神に仕える騎士団とか名乗っておる輩であろうに、こんな盗賊まがいのマネをするとは…おぬしらは誇りというものは…>
はあ?ホコリぃ?おう、おまえのその牛糞くっせー干し草をたたけば、出るんじゃねえか?ホコリってやつが?
わっはっは!
ワッハッハ!
<…くっ。ならん、積荷は、干し草は渡さんぞ。ここにはわれらの…>
うるせーぞ、じじい!!わかる言葉で喋れ、イラつくぜ!
ん?おい、ジークフリート、何か聞こえなかったか?
え?
い、いや、何も聞こえなかったよ。気のせいじゃないかな、それか、獣の…。
いや、確かに金属音が。あれは、鎧と剣の音だ。
(…確かなら僕に聞かなくてもいいじゃないか。ホラ、これでまた僕がなんだかボンヤリしているやつみたいな感じになっちゃったよ…。)
む、あれはっ!
ああっ!あれはこの前の夜、城を襲った…
ああ、おまえも覚えていたんだな。あの黒ずくめ。本来は白装束に剣の印のやつらの中、わけても暴虐で知られる、リヴォニア帯剣騎士団の略奪部隊、、、『鷹の団』だ!
ん?おや?
ほお。誰かと思えば、、、
ニヤニヤ
ヘヘヘ
フフフ
テュートン騎士団の、坊ちゃんたちじゃあないか、ええ?
ノコノコとこんな田舎まで何しに来た?
まさかおれたちを駆り出しにでも来たのか?
まさかー?こんなお坊ちゃんたち二人でか?
ワッハッハ
ワッハッハ
オラオラオラ、コゾウどもっ
とっととクルムンラントの城に、いや、西の国に逃げて帰んな。おれらは忙しいんだよ。おまえらコゾウっ子に関わってるヒマはねえよ。オラ。
<あわわ。リヴォニアのやつらが出たと思ったら、こんどはテュートン騎士団か。きょうはどうしたもんだ。この静かな湖沼が急に騎士団市場かいな。あわわ、こんな日に限って。急いで河を越えねばならんというのに…。>
ね、ねえ、なんだか逃がしてくれるってフンイキなんだけど、どうする?逃げる?いや、僕は逃げても構わないよ、どうせもうヘタレってことになってるし。。でも君はちょっと嫌なんじゃなないかなーとか。。それに、なんだかあのおじさん、急いでるみたいだし、このままだとキケンかなーって。。ねえ、どうする?
…。
おまえ、あの農夫の言葉が、プルーセンの言葉が、わかるのか?ふうん。まあいい。どうするも何も、我らは斥候。こうしてリヴォニアのやつらに遭遇したからには、とっとと駆逐して帰還、報告、それあるのみっ。
あ、、、やっぱり…。うーん、コワいなあ。
…だったらお前は、そこに隠れていてもいいぞ。こんなやつらおれひとりで十分だ。
あ、、、じゃ、そうしようかな。。
ふんっ。腰抜けが。
おい!キサマら!このコゾウどもが、さっきから何をごちゃごちゃ言ってやがる?特にそっちのマント!お前いま、たった一人でおれたちをやるって言ったのか?ナマイキなっ!
おい、おっさん、こっちへこい!
<へ、へ?>
ホラ、お前はいまから、人質だ!
どうだっ。これで詰んだゼ。
…。おまえたち、阿呆なのか?そんなみずしらずのプルーセンの農夫が、なぜ人質の役割を果たせると?それでこのわたしが、貴様らを逃がすとでも?愚かな…。
ハッハッハ、お高くとまった様子の箱入りお坊ちゃんよ、そう来ると思ったぜ。
なっ…
バァカァめ!愚かなのはおまえのほうだ、この世間知らずめ!それでいいんだな!
いいか?我らは暴虐で知られるリヴォニア帯剣騎士団、既に失う評判など無い。しかし貴様らはどうだ?実際のところはともかく、イチオウは規律に則り、清く生きてると評判のドイツ騎士団サマよなぁ?ザンギャクヒドウなプルーセンたちを、文明に導く、騎士さま、僧侶さまなんだろぉ?(ニヤニヤ)
だーかーらーだ。もしここで、おれたちがおまえたち二人を打ち倒し、このじじいの亡骸におまえたちの武具を添えて街道に捨て置けば、これはおまえたちドイツ騎士団の蛮行として糾弾されるだろう。もし万が一、おれたちが何かのマツガイでおまえたちコゾウどもに敗れることがあろうとも、我らはこのじじいを傷つけて、そして、逃がす。ホレ、一歩でも動いてみろ、こいつの喉に傷をつけてやるゾ。そうすればおまえのいまの冷酷な態度を傷ついたこのじじいが、村々に伝えるだろう。やはり、慈悲無き騎士団、ドイツ騎士団、としてなっ!それが嫌なら大人しく、「人質を救おうと試みて」おれたちに倒されろっ。わっはっは。
…卑劣な考えだけは回るようだな、非道な騎士団め。
はっはっは。狡猾な智慧と呼んでもらいたいな。
<カタコトで:どうだ、じじい、あの騎士サマは、お前さんを助けてはくれないとヨ。プルーセンの農夫など、どうなっても知らんとよ。>
<ひ、ひどいゾー!おぬしも、あのにいちゃんもなぁ>
くっ。。。
お、おじさん、なんだかヒドイめにあってるな。。ああ、ホントウなら、こんなところに僕らみたいな騎士なんかいなくて、おじさんたちはのどかに暮らしていたに違いないのに。。僕らが来たばかりに。。
僕は、正直もう、リヴォニアも、テュートンも、騎士団なんてどうでもいいけれど…。それに、騎士としてはヘタレの烙印を押されてる身だけど…。
でも、でも、、、
僕はこういう乱暴は、、、こういう卑怯は、、、一番、、、一番、、、、
キライなんだーーー!
おじさんっ、僕が、ジ、ジ、ジークフリートが、助けるよっ!
やああああ!
お、おい、バカ、ジーク、余計なことはやめろっ。じいさんが怪我でもしたらやつらの思うつぼだぞっ!
ウ、ウワーー(>_<) |
<お、おい、ボウズ!なんだか助けてくれようとしているのはありがたいんじゃが、眼は開けてくれ!!わしにあたるじゃろがぁ(T_T)>
ウワーーーー!
<お、おじさんっ、僕が来たからには、もうだいじょうぶだよっ。おじさんも、おじさんたちの村も、僕が護るよっ。僕は、勇気を出すんだ。だって僕は、ホントウは…>
えーい、このコゾウめ、何を突然トチくるったんだっ。泣いたら強くなるっていう、あれか?突然暴れだしやがってっ。このっ。
ウワーー!
トヤーーー!
ガキン
ガッキン!
ぐっ。バカぢからめっ…
ワーーーー
ウラーーー!
ブンブンッ
ブンブンブンッ
グオーーーーン
ドガッ
バギッ
ぐわー
いてーー
な、なんなんだ、このガキ。ジークフリート。ただの臆病者のヘタレコゾウだったはずなのに。使命にも名誉にも栄達にも一切興味を示さなかったこいつが、いったいなぜ??プルーセンの農夫なんぞに?こいつの正義とはいったい…
ゴロン
<う、うわー。ふー。あぶなかった。とりあえず助かったようだな。坊主には礼を言うべきなんじゃろうが、それにしても危なかった^_^;
やつめ、決して手練れではないようじゃな。早くもう一人の坊ちゃんも加勢してやらんと。>
ウワーーー(>_<)
ワーーー(>_<)
ワー(>_<)
なんだこいつ、盾を盾に突っ込んできたぞっ
ワーーー(T_T)
ワーーー(T_T)
<ホレ、そっちの坊ちゃんっ!ボーっとしとらんとっ^_^;>
ウワーーー(>_<)
ブンッ
ドガッ!
ぐ、ぐわーーー
こ、こいつ、何だか訳が分からんが、つえー、つえーぞ!いや、ムチャクチャだぞ!
むむむ、こんなバカげた戦いで兵を失ったりしてはオレ様の地位もあぶない。ここは退却か。構わん、われわれは逃げても失うものなど何もない。それが、戦略というものだ。
よし、者ども、退け、退け!!!
ワアワアワア
ワアワアワア
コゾウ、次にあったとき、おぼえてろよっ
…ふ、ふう。。。
<…あんた結局、手伝わんかったな…。薄情なやつじゃな…。>
はっ
わ、わたしはいったい…
<ボウズよ、何だか知らんが、助けてくれたんじゃな。ありがとよ。>
<あ、おじさん、無事だったの??>
<お前さん、わしらの言葉を?いや、それにしても、無事だったの?とは…無事じゃなかったらどうするところだったんじゃい…>
<ご、ごめんよ、僕、夢中で、それに、戦いはほとんど初めてだったから…>
<どおりで、めちゃくちゃな槍の使い方だと思ったワイ。しかし、ありがとうな。わしらのために、西の騎士が戦ってくれるなど、正直、思ってなかったわい。>
<うん、僕、おじさんたちのことに、キョウミがあるんだ。みんなは、異教徒の、遅れた文化の、野蛮人だっていうけれど、違うんじゃないかなって。おじさんたちにはおじさんたちの、豊かな暮らしがあるんじゃないかなって。それで、話がしたくて。。。>
<ほお。そうか、それじゃあ、わしらの村に…>
<…と言いたいところじゃが、またの機会にナ。きょうは少々、具合がわるい日なんじゃ。>
<あ、おじさん、どこへ行くの?>
ふんっ。恩知らずなやつだ。これだから異教徒というのは。ジーク、とんだ骨折り損だったな。
い、いや、いいんだよ。僕べつに、何かを期待して戦ったわけじゃあないから。ただ、勝手に身体が動いただけで。
…おかしなやつだな。
僕は、異教徒とか信者とか、どっちでもいいんだ。というよりもむしろ、彼らの不思議な宗教や文化に、とても興味があるんだよ。時々、城を抜け出してはいろいろと調べてたんだけど。そうしたら、少しだけ言葉も覚えたし、彼らが、野蛮人でも遅れた人たちでもなくて、僕らと同じ、いや、僕らよりももっともっと、豊かで魅力的な考え方を持った人たちなんじゃないかって気がしてきた。そう思うと、僕は、おじさんをほおっておけなかったんだよ。たとえ、僕ら騎士団とは関係ない、いやむしろ、騎士団に滅ぼされる立場の人たちだってわかっていてもね。
…ふんっ。何を青臭いことを。別にプルーセン人は、野蛮人でも何でもない。単に、まだローマ教会の教化にも、ノヴゴロドたちルスの東方正教会にも、どちらにも帰依していないだけの、原始的な多神教、祖先崇拝、それに自然崇拝を続けている、古代民族だ。そんなことは、すでに知っている。
ええ??そうなの?君はてっきり、彼らを蔑んでいると思っていたよ。
蔑む?それを言うならジークフリート。君の考え方の方が、まるで初めてみる野生の動物か、遠い異国の珍しい草花をみつけたかのようなその態度、好奇心、そのまなざしこそが、彼らに対して失礼ではないのか?君は、彼らをホントウに、われわれと同じようなニンゲンとして、尊敬していると言えるのか?
???
君も知っているだろう。すでに、デンマーク、スウェーデン、ノルウェーではかの名高きヴァイキングたちが教会の教えを受け入れ、ヨーロッパ諸国の列に名を連ねて久しい。彼らは、オーディンへの旧き信仰を捨て、新しい教えと、新しい社会の仕組みを採りいれ、着実に未来に向かって歩を進めている。200年ほど前のオーラヴ・トリグヴァソンやクヌート大王の名を聞いたことがあるだろう。
う、うん。
いや、それだけじゃあない。われらドイツ人だって、同じだ。
え?そ、それって…き、君も気付いて…
君は、オストロゴスのテオドリック王を知っているか?あるいは『ニーベルンゲンの歌』を読んだことがあるか?君のその名、"ジークフリート"は、きっとそこから採られたんだろう。あるいはブリテンの『ベーオウルフ』は?あそこに描かれた、われらの祖先、スカンディナヴィアやザクセンやネーデルラントに住むゲルマン諸族の姿は、まるでいまのプルーセンやリーヴ人、リトアニア人たちと同じだ。あの頃、ローマのやつらからみたわれわれの祖先は、まさにいまわれわれがみている彼らと同じだったはずだ。
う、うん。そうなんだよ。あれは、僕らも通ってきた道なんじゃないかって、僕らと彼らは、同じ先祖を持つ、イトコ同士なんじゃないかって、僕も考えて。。。
そうだ。わたしの家は、旧くはアラマンニ族の名門。ゆえに知っている。かつては我らゲルマン諸族も、ケルトの諸族やスラヴの諸族と共に、あのプルーセンたちと似たような文化、似たような信仰を持った民だった。 まるであの、いま東から迫りつつあるゴールデン・オルドのごときフン(ja/en)のアッティラ(ja/en)が東方からなだれ込み、かのローマ帝国がわれらの祖先によって奪われた頃、われらはまだ、プルーセン同様の民だった。それどころか、もっと以前には、遠く東の地ですぐ隣に暮らす、隣人だったと言ってもいいはずだ。しかし、そんなわれらも、フランク連合と共に、カール大帝の戴冠、教会との同盟、そしてわれらドイツ人の長のローマ皇帝としての覇権の確立を通じて、徐々に、徐々に、教会と一体化し、いまの地歩を築いてきた。これこそが、文明化ではないのか?
君は、プルーセンたちの素朴で牧歌的ないまの姿を肯定するが、それが何になる?君は、彼らのそんな暮らしを守りたいだなんていうが、それは彼らにとってホントウに望ましいことなのか?むしろそれは、彼らをいつまでも、旧い姿に押し込め、時代の流れから排除してしまうことなのではないか?彼らは、プルーセンは、その言葉も、文化も、部族も、もはや風前の灯。むしろ彼らの富裕なやつら、機をみるに敏なやつらがやっているように、われらドイツ人の言葉、文化、信仰を受け入れ、われらに同化し、そして共に未来を目指す方が、長い目でみれば彼らのためになるのではないか?北海のヴァイキングたちも、ブリテンのケルトたちも、すぐそこのポーランドのやつらも、みな同じだった。このまま抵抗して消え失せるより、大きな流れと共に未来にゆけるよう導くことが、われら騎士団の真の使命とは思わないのか?
…き、君、、、ただの坊ちゃんかと思っていたら、む、むつかしいことを考えていたんだね。。う、う、確かに、彼らの暮らしに対して僕は、勝手な憧憬、勝手な詩情で、まるで珍しいものを愛でるだけの気持ちで、守ろうなんて言ってるのかもしれない。当の本人たちにしても、老人や大人はともかく、若い世代は、いつまでも旧い世代の因習にとらわれず、都会で、新しい暮らしを、って思う子たちもいるのかもしれない。でも、でも、、、僕はやっぱり、彼らの文化が好きなんだ。。
では聞こう。君は彼らの中に入って、彼らと共に生涯を過ごすことはできるのか?外からの憧れとして彼らを好きというのではなく、彼ら自身に、君はなれるのか?
う、うう。。そ、それは…。
ねえ、ところで、、、
ん?
君の、君の名前は?
…いま聞くか。。君はホントウに騎士団の中には関心がないんだな。プルーセンにはあれほどの興味を示すのに。変わったやつだ。いいだろう。わたしの名は、アルブレヒト・フォン・ニュルンベルク。シュヴァーベン地方のツォレルン城に由来するツォレルン家の一員にして、ニュルンベルク城伯の身内だ。
…ニュ、ニュルンベルク城伯。君、ホントに坊ちゃんだっんだね…。帝国の名門じゃないか…。どうりで物腰が、落ち着いて、ちょっと偉そうだと思ったよ。
誰が坊ちゃんだ。坊やに言われたくないんだよ。いくぞっ。
う、うん。。
…しかしお前も、ただの腰抜けじゃあないんだな。
…。ド、ドウモありがとう…。
ふんっ。