Sep 2015 - Epilogue
「それから後のことは、まったく覚えていない。僕だけじゃなく、管区長も、アルブレヒトも、みんな、何もわからないと言ってた。誰が生き残り、誰が命を落としたのか。そして、あの獣がいったいなんだったのか。どこへ行ったのか。誰も、知らなかった。」エピローグ
ガチャガチャ!
リヴォニア帯剣騎士団、「鷹の団」の武装解除、完了しました!!
ぐぬぬ…
…戦いは、終わっていた。
…何が何だかわからないあいだに。でも、後で聞いたのだけれど、僕だけじゃなくアルブレヒトも、傭兵たちも、そして管区長も、いったい何が起きたのか、まったくわからなかったんだそうだ。
ただ気が付いた時には、あのリヴォニアの「鷹の団」の連中だけが倒れていた。
漆黒の装束の僧侶と騎士はいなくなっていたし、それどころか、プルーセンも、そしてあのオオカミも、いなかった。
そんな訳で、僕たちテュートン騎士団は、勝ったのだ、ということになった。
なんだかしっくりこなかったけれど…。
こら、ジークフリート、ぼーっとしてないで、こいつらをちゃんと縛っておけ。怪我してるとはいえ、まだまだ何をするかわからんやつらだぞ?
は、はあ。
管区長、それより、あの黒騎士と黒僧侶はいいんですか?
うむ。あのオオカミのようなやつが倒したのを、おまえもみただろう?いいんじゃないか?
で、でも、亡骸がないですヨ
ハッ!ヘルマンさまとフォルクィンさまはあれしきの傷では平気の平左だ!いまごろはリガにお戻りになっておられるだろうさ!
やかましいぞ!おとなしくしてろ!! |
ふんっ。
あ、そ。じゃ、シケイね。
ままま、ちょっと待て!おい!
ん?契約する?
…チ、チクショウ…
管区長のしたたかさには舌を巻いた。でもそのやりかたは、だんだんと騎士団の中に広まっていったみたいだ。
実はこの数年後の1236年の9月22日、リヴォニア帯剣騎士団はサウレの戦いと言われる、異教徒のザモギティアン族とゼミガリアン族との戦で敗れ、総長のフォルクィンは還らぬ人となり、団は壊滅。最終的に、僕たちテュートン騎士団に統合され、支団となった。プルシアのマイスター、ドイチェマイスターに続く三番目の"ランドマイスター"として、リーヴランドマイスターが設けられたわけだ。
ちなみにその戦いで命を落としたと言われるフォルクィン総長が、あの時にいた黒い騎士なのかどうか、僕には確かめる術はなかった。
それだけじゃない。僕は、帯剣騎士団が統合されたというのも、ウワサで聞いたに過ぎない。なぜなら、僕はその頃には、騎士団を辞め、独り、旅に出ていたからだ。
そう、僕はどうしても、彼らのことが、いや彼のことが、気になって仕方なく、どうしてももう一度、遭いたいという思いに、突き動かされた。
その頃にはもう、旅をコワいとは、思わなくなっていた。
それよりもただ、美しい黄金の毛並みが宙を舞うところを、もう一度見たかった。
なぜって、あれは、なんだか、僕の身体の奥底に、懐かしさと温かさと、そして優しさを、湧き起こさせてくれたから。
<よし!
いくか!>
<おう、もう思い残すことはないさ。>
<そうだな。この湖沼地帯。おやじや、じいさんや、そのまたじいさんや、みんなで切り開いたこの湖沼地帯。のどかで、棲みやすいところだったが、、、いまはそれよりも、おれたちが生き残れたことが大事だ。それも、言葉も、神々も、祭りも、奪われずに済んだ。こんな贅沢があるものか。それもこれもみんな、ポトリンポのおやっさんと…>
<…それと、あんたのおかげだ、『隻眼のネウロ』。ありがとよ。>
<ふんっ。おれはまだ赦しちゃいねーよ。まったくあのおっさんめ。気持ちよく寝てるところを叩き起こしたと思ったら崖下へ投げ捨てるだなんて。おまえら、おれへの尊敬の気持ちをだなあ!>
<ハッハッハ!>
<笑いごとじゃねえ!
それに、あのおっさん、ポトリンポのやつ!おまえらがじいさんじいさん言ってるから老人なんだろうと思ってイチオウ気を使ってやってたら、なんだと?まだ30代だと!?
若いじゃねーか!
なんでみんな、"ポトリンポじいさん"って呼んでんだよっ。ややこしいな!>
<ハハハ。ポトリンポは老け顔だから、昔からおれらにそう呼ばれてんのさ。>
<フザけんな!まったく…>
<それよりおまえら、ホントにいいんだな。この土地を捨てても。>
<ああ。この土地はもう、やつら西のやつらと、それを受け入れた同胞たちが、新しい時代へと進めていくんだろうさ。おれたちは、そこに残り、新しい時代に加わることよりも、旧きやり方を持ち続けていたい。土地を捨て、文化を選ぶ。あんたの共をして、旅をすることに決めたさ。無論、おれたちは限りある命。それが続くまでだがな。ついていくぜ。>
<ふんっ。くだらねえ。>
<まあいい。
よし!
じゃあ、行くか!
>
<どこへ向かう?>
<まずは東だ。おまえが言ってた、東の「蒼き狼」ってやつの噂が気になる。
<おうっ!>
<クゥーン>
<クゥーン>
<よしよし、おまえも行こうな。ネウロ。>
<おい!ちょっと待て!その犬、ネウロって名前にしてんのか?>
<ああ、伝説のネウロの名前をつけてたんだよ。>
<待て待て待て!ややこしいからやめろ!>
<ハッハッハ!いいじゃないか、それからな、こいつは犬じゃなくて、狼だよ。正真正銘の、狼だよ。ハッハッハ。>
<コラ!ペコルス!待てーーーー>
<やれやれ、ネウロの御仁も、すっかり眼が醒めて。なんだか賑やかになったもんだ。どれ、わしもついていくかの。何やらおもしろそうじゃ。それに皆も、馬も車もなくては困ろうからな。この牛車が必要になろうて。ベコや、ちと難儀な旅じゃが、行こうか。>
モウーモウー
モウー
…騎士団を辞めた僕は、まずプルーセンの、いや、すでに、元プルーセン、というべきか、ともかく、地元の人々の村に行っては、旧い伝承や、風物について記録して歩いた。
彼らはなかなか語ってはくれなかった。旧い言葉を喋ると、反乱を企てていると思われる、と考えたのかもしれない。
実際、あの時、プルーセンがすべて滅びたと考えたのは僕らのマツガイだった。まあ、結局、僕らのような下っ端の砦は、すべてがみえていたわけではなかったんだ。
プルーセンとの戦いは、まだまだ続いている。服属した人々は騎士団によって強制的に移住させられたりしているけれど、ポメサニアやポゲサニアたちがたび重なる一揆をおこしていて、いったいいつになったらこんな戦いが終わるのか、考えるだけでツラくなる。
それでも、時々、僕の話を聞いてくれるプルーセンの人に出遭うことができた。僕が作った『黄金の狼』って詩。そいつをバルトの言葉で歌っていると、プルーセンや、いや、バルトのさまざまな人々が近寄ってきてくれて、僕の話を聞いてくれる。
彼らの神々についても、少しわかってきた。白い包帯を頭に撒いた、シの神ペコルス。藁にまみれた、穀物の神、ポトリンポ。それから雷神ペルキューナス。なんだか懐かしい気がした。あの戦いの時、そんな名前を誰かが叫んでいたような気もする。気のせいかもしれないけれど。
彼らはいったい、どこへ行ってしまったのだろう。
噂では、ペコルスとポトリンポは、ヒガシヘ旅立ったという。
それは神々の話なのだろうか?
それとも…。
僕も、ヒガシヘ向かってみようと思う。
そこに彼が、いてくれればいいのだけれど。
僕の旅は、はじまったばかりだった。
-完-
後日談
烈しい戦いから勇気を得たのか、夢を追う決心が着いたのか、騎士団を後にし、ヒガシヘ向かったジークフリート。
一方、アルブレヒトは騎士団に残り、その後も着実に手柄を挙げたという。
やがて、月日は流れ…。
そして、時は16世紀。
根拠地をケーニヒスベルクに遷していた騎士団で、最後の総長が選ばれた。
母方の叔父がポーランド王ジグムント一世であったことから、その縁故を頼られ総長に推挙されたのは、ホーエンツォレルン家-かつてのツォレルン家-の一族にして、ブランデンブルク=アンスバッハ辺境伯、またの名をアンスバッハ侯家の、アルブレヒト・フォン・ブランデンブルク=アンスバッハであった。
折しも宗教改革の吹き荒れる中、アルブレヒトはかのマルティン・ルターとの会見を経て、ルター派に改宗。創設以来300年に渡りローマカトリックの尖兵であり続けたテュートン騎士団及びドイツ騎士団国を事実上解体し、ポーランド王国の宗主権のもと、ホーエンツォレルン家が世襲する、世俗の領邦国家、「プロイセン公領」を造りだす。
カトリック教会と騎士団から、国を奪い取った男、とも言えるだろう。
やがてアルブレヒトの血統が二代で絶えると、その領地は宗家のホーエンツォレルン家が引き継ぎ、ブランデンブルク=プロイセン同君連合として、後の「プロイセン公国」、「プロイセン王国」へとつながってゆく。あの、ハプスブルク家のオーストリア=ハンガリー同君連合をはねのけ、神聖ローマ帝国に替わる、新たなドイツの統一、すなわち「ドイツ帝国」成立を成し遂げた、あのフリードリヒ二世や鉄血宰相ビスマルクの、プロイセン王国である。
ドイツ騎士団による北方十字軍、東方への植民。プルーセン人の征服と同化。その中から、新しいドイツが産まれ、近世、近代、そして現代への道筋となった。
…ドイツ騎士団の騎士は、僧職にあったゆえに、妻帯が禁じられていた。
ゆえに、これらがあの、ツォレルン家のアルブレヒト・フォン・ニュルンベルクの子孫であったはずは、ない…