2015年11月29日日曜日

Nov 2015 - もうひとつの手記 


アーサー・カニンガムに訪れたヒゲキ、そしてスピードワンコ財団の設立。ビョルン博士の考察は、歴史の断章をあぶりだしていた。しかし、博士はすべてを知ったわけではなかった。もうひとつの、隠された手記を、博士はまだ見出していなかったからだ。それは、財団書庫で、アーサーの日誌の実に隣に置かれていたのだが…


続編 - 1897年 独白  


アーサー。

いつかあなたがこの記録を読むことがあると信じて、わたしは筆をとっています。

まだわたしの中に、ヒトらしい部分が残っているうちに、あなたに伝えておきたいから。

そう、じきにわたしは、カンゼンなる獣に変化するでしょう。それはわたしの、みにくい、ゆがんだ心の、報いです。

あれは、あなたがまだ、無邪気に大陸を駆け巡っていたころですね。

あの年のクリスマスを、わたしは忘れません。

あなたと、愛を交し合うことができたあの日を。



Nov 2015 - ビョルン博士の考察 


アーサー・カニンガム。いや、アーサー・スピッツワゴンを襲った悲劇の一部始終。そして、スピードワンコの名の誕生。ビョルン博士は発見した手記を、いったいどう読んだのか?あとがきに代え、ブックマン・ビョルンによる論考をご覧いただきたい。


『「Personal Diary written by Arthur Cunningham」に関する考察』Dr. ビョルン・マグヌースソン


「わたしがスピードワンコ財団の書庫より発見したこの古ぼけた日誌には、財団の起源をほのめかす重大な事件が描かれていた。

この日誌の著者であるアーサー・カニンガム卿、いや、本来の名はアーサー・スピッツワゴン氏。パッケージ5344の写真で確認できる彼こそが、この財団の創始者、スピードワンコ氏その人であることを、いまやわたしは確信している。

わたしは当時の街頭写真の中から、恐らくは彼ではないかと思われる人物を発見した。写真の右に写っている緑の外套を着た人物が、それだ。左はおそらく、彼の兄であろう。

ヴィクトリア朝のロンドンの裏街の風景を写し取ったこの写真は、ペットショップという説とニク屋という説が以前からあったのだが、これこそがつまり「スピッツワゴン兄弟のアニマルワゴン」。

市民たちにとっては風体のわるい男たちが営むあやしげなニク屋であり、しかし、ジョースター家の一人娘ジョセフィンにとっては、優しいお兄さんたちのペットショップだった、というわけだ。


2015年11月28日土曜日

Nov 2015 - 1898年、そして旅立ち 


アフリカのアーサーを襲った悲報。いったい、ジョースター家に、カニンガム家に、何が!?スーザンがみたものとはいったい…暗雲立ち込める、アーサーの日記。そこには、驚くべき事件の真相が書かれていた。


- 1898年、そして旅立ち - 


1898年10月24日

港に身を潜めていたスーザンとワタシに、来客があった。絶望に暮れていたワタシにとってそれは、思いもかけない、嬉しい来客だった。

なんと、



ジョセフィンが生きていたのだ!

ああ、神よ。

あなたはあの天使のような子を、奪ってはいかなかった。感謝します。


Nov 2015 - 1898年 

カミラへの思いを断ち切るため、そしてジョースター家とカニンガム家の幸せのため、みずからは危険な大陸をしゃにむに駆け抜け続けるアーサー・カニンガム。その足跡は、ついに暗黒大陸、アフリカへと至った。

そして時は1898年…。アーサーの元に、衝撃の便りが。。。


- 1898年 - 


1898年7月25日

ここは暑い。

そしてワタシも熱い。

この大陸は、おもしろい。

そして、獣たちの、

なんと美しいことか!!

Nov 2015 - 1893年~1895年  

カミラへの愛に気付いた時にはすでにカミラを失ってしまったアーサー。カミラの真の気持ちは?それは日記には記されていなかった。ただそこには、兄の幸せ、カミラの幸せを願いながら、失ったみずからの淡い想いを断ち切るかのように探検に身を投じる、アーサーの姿だけがあった。


- 1893年-1895年 - 


1893年9月19日

これが、二回目の探検。そして、なんとおれ一人での探検だ。

残念なことにジョースターさんは前回の旅で風邪をこじらせ、肺炎になってしまった。医者は、もう彼は旅に出るのはむずかしいと言っていた。

だが安心してくれ、ジョースターさん。

あなたたちの事業は、おれがきっと、立派に引き継ぐ。


Nov 2015 - 1893年 

ジョセフィン・ジョースター、そして彼女の家庭教師カミラ。館で出会った二人は、アーサーにとって、運命の女たちだった。やがて、歯車は回り始め…物語は急展開を迎える。日記はページを失っている部分もあったが、アーサーの身に起きたヒゲキを知るには十分だった。


- 1893年 - 


1月1日

年が明けた。昨夜から雪が降り続いてる。

だが、どうもツキが回って来たらしい。あの館に行った後、アニキとおれとでニクをぜんぶ売り切った。

いや、どうやら、ジョースターの屋敷に招かれたことが街で噂になったらしい。おれたちのことを白い眼でみていたやつらの表情が変わった。くやしいが、これが受け入れられたということなんだろうな。けっ。やれやれだ。

まあ、おかげでいい年越しが出来た。小娘に礼を言った方がよさそうだ。後で屋敷をのぞいてみよう。



Nov 2015 - 1892年12月 

路上で商売を営む兄弟。どうやらこの日記の書き手は、その弟のほうであるらしい。かつてのゴロツキが更生して商売をはじめても、世間の風当たりは強いようだ。そんな男が出会ったフシギな娘。男の名は、アーサー、娘の名はジョセフィンと言った。


- 1892年12月 - 


12月23日

なんてこった。おれとしたことがいったい何をやってるんだ。

つい、あの娘のうちに行ってしまったなんて。。しかも、、ハラがヘってたからだなんて、誰にも言えねえ。

それにしても、あのうちは…

なんてデカいんだ!!


Nov 2015 - 1892年11月 

ブックマン・ビョルン博士によって発見された、ある"日記"。それは、いまをさかのぼること123年前に書き始められたものだった。古ぼけた、ヘタクソな文字で綴られたくだけた英語の文章は、はじめ、何の変哲もない日々の記録に思われた。


- 1892年11月 - 


11月4日

きょうもまた、
何も売れなかった。

寒さも日々厳しくなる。

この冬は暖かいメシにありつけるんだろうか。


2015年11月27日金曜日

Nov 2015 - 発見された日記 


にわかに冬めいてきたこの頃。各地に降る雪や霜のごとく、劇団プレモ座も、凍りつくような物語をひとつ。。カンゼンオトナ向け。ロマンホラー。プレモの秘伝説。いや、ゴシックホラー、漆黒の秘伝説?かの、ビョルン博士の発見した、とある日記が、われわれに恐るべき、そして悲しき歴史をみせつける。眼をそらしてはいけない!?

『Personal Diary written by Arthur Cunningham』

遂に、すべての始まりが、明かされる!?


序 発見された日記


僕の名はビョルン、ビョルン・マグヌースソン。学者だ。最近はみんなから、"ブックマン"って仇名で呼ばれてる。

よく、南極で自然保護をしてるオーストラリアの人でしょ?って言われるけどそれはそっくりさんな別人。僕はアイスランド出身で、いまはアメリカの、とある財団に勤めてる。

ついこのあいだ、ニューファンドランド島沖で、ものすごい発見をしたチームとも、同僚だ。