Nov 2015 - 1892年11月
ブックマン・ビョルン博士によって発見された、ある"日記"。それは、いまをさかのぼること123年前に書き始められたものだった。古ぼけた、ヘタクソな文字で綴られたくだけた英語の文章は、はじめ、何の変哲もない日々の記録に思われた。- 1892年11月 -
11月4日
きょうもまた、
何も売れなかった。
寒さも日々厳しくなる。
この冬は暖かいメシにありつけるんだろうか。
11月8日
きょうは鶏が一羽と卵が三つ売れた。眼のわるいばあさんが買っていった。おれたちのツラがみえなかったんだろう。
なんともフクザツな気分だ。
しかし確かにおれたちはあまり人相がよくない。ホントウは商売向きじゃあないんだ。
11月10日
アニキと喧嘩をした。
ついカッとなってしまったが、ワルいのはたぶん、おれだ。
アニキはいつも、穏やかだ。おれもああなりたい。
11月17日
ブタが手に入った。しかも丸々とした活きのいいのが。さすがアニキだ。交渉がうまい。
この前仕入れたヒツジ、それにヤギ、あれを何とか売れば、この冬も…
11月18日
仕事場を変えた。前のところは、顔役のやつらににらまれてしまったからだ。やれやれ。ケンカはするなと、アニキにたしなめられた。まったくだ。
新しい場所は風が通るから寒さがつらい。去年、このコートを買っておいて正解だった。
11月22日
おかしな小娘がやってきた。えらく古めかしい服を着て、小娘のくせにたいそうな金貨を持っていた。ヒツジを買っていった。
まあ、カネ払いのいい客は多少あやしくても大歓迎だ。
11月25日
またあの娘が来た。
ヒツジは何を食べるのかと聞いてきた。手紙をやったが喰わないという。ヤギとは違うのかと聞いてきた。何の話だ?
ヒツジは草を喰うに決まっている。
おかしなガキだ。
11月26日
またまたあのガキだ。
ヒツジが哭いているという。
そりゃあヒツジだ。哭くだろう。
というかまだ喰ってないのか。
草もやってないようだし、痩せる前に早く喰ってしまえばいいのに。もったいない。
11月27日
あのガキが、なんとあのヒツジを連れてきた。喰ってないどころか、飼ってやがる。おまけにおれたちのことを、ペットショップのおにいさんたちと呼びやがった。
まったく、どれだけ育ちがいいんだ。
ヒツジは喰いモノに決まってる。だいたい、ヒツジを養う余裕があるなら、おれたちに施してほしいもんだ。
11月30日
しばらくみなかったと思ったら、こんどはヤギを連れてきた。アニキに聞いたら、昨日ヤギを買っていったというじゃないか。おれが仕入れに行ってたときか?
ヒツジとヤギを連れてやがる。
なんなんだ、あのガキは。
おれたちは、、、肉屋だぜ。
けっ。
12月4日
もう飽きれてものが言えねえ。あのガキ、こんどはロバの仔を買っていきやがった。
あれもまた飼うってのか。
なんなんだ。おまえのうちは動物園か?
12月15日
驚いた。寒くなったので来なくなったと思っていたら。この前来た、どこぞの執事風の男、あいつはあのガキの屋敷の使用人だったのか。
あの男が買っていったブタと雄鶏をあの小娘が連れていた。
しかし、あのニクども、なんであんなガキの後をついて歩くンだ。紐もかけず、檻にも入れず、でも逃げやしない。フシギなことも、あるもんだ。
12月22日
なんてこった。
あのガキに、屋敷に誘われた。ペットたちと一緒にクリスマスを祝おうだと?
おれたちがコワくないのか?
おれたち元ゴロツキ、アニキの風体からしても、このおれの凄みからしても、街のやつらもニクを買う時ですら眼を合わせようとしないというのに、ガキだからバカなんだろうか。
屋敷にいったりしたらどうせ、親が出てきて追い払われるだけだ。嫌な思いはしたくないぜ。
こうやってまじめに商売をしてても、どうせヒトはヒトをみためでしか判断しねえもんさ。