Dec 2014 - p17/p24 -
第二部 北海の帝王
第十七章 さらば、義母よ
シグリッドの教え
若っ!まだまだっ。それではイングランドのやつらはもとより、兄上にも勝てませんぞ。
えい!えいっ!
そうそう!もっと踏み込んで!
はあーーーー。ちょっとツカれたよ、トルケル。ノドが渇いた。少し休もう。お話をしてよ。スヴォルドのたたかいの話を!
はぁ。もっとスタミナをつけねばなりませぬ、若よ。わたしはそろそろ殿に代わってイングランドに遠征せねばなりませぬ。それまで稽古を続けて若を鍛えよとの殿の仰せなのです。
ちぇー
それに…あの話はカンベンしてください。われらヨムスの者にとっては、善き話、愉しき話とばかりも言えぬのです。
どうして?
それは…我が兄シグヴァルディをはじめ、ヨムスの者はあの戦いで、不名誉な役割を果たしましたので。
フメイヨって?フィヨルドみたいなもん?
そ、それは…
若!母君が!シグリッドさまが!
え?どうしたの?
ハーラル、クヌート。わたしはもう往きます。
母上!何をおおせですか!
ほら、オーロフの兄上もスウェーデンから駆けつけていらっしゃいましたよ!
最期にそなたたちに伝えるべきことが。
シグリッドさま、それは…。
母上…。
よいのです、トルケル、オーロフ。
ハーラル、クヌート。わたしはそなたたちの実の母ではありません。そのオーロフも、実の兄ではない。そなたたちの義理の兄にして、従兄弟。そなたたちは、わたしの妹、スヴェン殿下の妻であったわたしの妹、グンヒルドの子なのです。もちろんスタンツラウエも。
…ややこしいけれど…
そ、そんな…。
嘆くことはありません。わたしがこうして往くとしても、そなたたちにはまだ母がいるのだから。いまはヴェンドに、わたしたちの兄、つまりそなたたちの叔父、ボレスワフの元に居ます。いずれ、迎えに行ってあげなさい。兄も喜ぶはずです。
ただし、母を迎えに行く際、このオーロフに誓ってください。生涯、兄弟のようであり続けると。実の兄弟ではないとはいえ、義兄にして従兄弟。それに幼き頃よりオーロフはそなたたちをかわいがった。大事にしてやってね。
も、もちろんです、母上、いえ、義母上…ですか…。
そしてオーロフ。そなたにはツラい思いをさせています。本来ならば、あのオーラヴやスヴェン殿下と肩を並べて、この北海に覇を競ってもよき立場ながら、わたしの勝手な振る舞いで、こうしてデーンの傘下に降ることを余儀なくさせてしまった。巷でそなたのことを、"従属王"などと呼んでいるそうですね。わたしのせいです。
何をおっしゃいますか。母上の英断が、わたしも、そして故国の民も救い、こうしてデーンの王子殿下たちとも親しくする結果となったではありませんか。わたしは恥じるどころか、この"シェートコヌング(従属するもの)"の二つ名を誇りに思っていますよ。平和の、ひとつの世の証です。
ああ、オーロフ(泣)。
ハーラル、クヌート。わたしはかつてそなたたちの父君に約束しました。あなたたちを強く鍛え、この北海の帝王にすると。お父さまはいまどこで何をしているかご存じか?
シグリッドさま、そ、それは…。
王は、スヴェンさまはいま、イングランドに遠征していらっしゃいます。かの地で、スヴェンさまの妹御を含む多くのデーンの人々が、愚かなる王エゼルレッドとやらに命を奪われたと聞き、その報復に向かったのです。
お、おばさまが!?
ああ、このような憎しみが憎しみを産む世は、いつまで続くのでしょう。しかしわたしは、そなたたちにもまたその道を歩ませねばなりませぬ。スヴェンさまとの約束のとおり、そなたたちはこの北海を束ねるのです。そして、旧き神を信ずるスウェーデンも、新しき神を信じるデーンも、ノルウェーもイングランドもみな、互いに争い合わずに豊かになっていく道を探すのです。ゲホゲホっ。
は、義母上!
その道はいまだイバラの道でしょう。しかし、兄弟手を携え、このトルケルを頼り、父を支えていくのですよ。困ったら、ヴェンドの母と叔父を頼りなさい。よいですね。そして忘れぬよう。兄が、ボレスワフが南の帝国と事を構えたなら、それこそが好機です。
コウキって?
ハーラルさま、チャンスのことですよ。
あーはー
はい、義母上。
わたしはこうしてこのまま、旧き神々の元に往きます。女だてらにスヴォルドで戦った身。ワルキューレもマツガエて迎えてくれるかもしれませんね。
いえ、そもそも戦乙女なのでしょう、わたくしは。ふふふ。そなたたちの神の国にはいけませぬが、忘れませんよ。いつもみています。オーロフ、ハーラル、クヌート、スタンツラウエ。元気で。
シグリッドさま!
義母上!母上~!
シグリッドさま、ご逝去!!
.. To be continued.