Dec 2014 - p22/p24 -
第二十二章 孤独な友
最期の諫言
王は変わってしまわれた。あの仲の良かった兄君にまで…。われらに対してもそうだっ。
わしらがなぜあの時、ふたたび寝返りの不名誉を覚悟の上で、従属王と呼ばれたオーロフと共にお前たちの元を離れ、デーンを後にしてスウェーデンに、ノルウェーに向かったか、わからんのか。
改宗はせぬと何度も言っているだろう。われらに土地を与えればそれでよいとでも?ヤールと呼べば尻尾を振るとでも?みくびるでない!
われらは自由!われらは誰にも従わぬ!北海の帝国だと!こんな血塗られた帝国、10年と持つまいて!
トルケル!
いいだろう、お前がそうしてかつてのオーラヴ・トリグヴァソンのようにふるまうのならば、この老骨は、兄シグヴァルディの再来となってやろう。
いつかまたノルウェーとスウェーデンを束ね、キサマのデーンとイングランドに刃向ってやるっ。
ひとつの国がひとつの平和?寝ぼけるな!キサマの母君が教えたのはそんなちゃちなことだったか?母君が体現した、あらゆる部族の血を混ぜたその強き姿を、キサマはまったくわかっていないっ!
トルケル!な、何が違うというのだ、わしはただ…義母上の言うように…
さらばだ、大王。いや、クヌート殿下。次に会う時は、ほんとうに…。ゲホッゲホッ!ゲホッ!!
ト、トルケル!誰か、医者を!
トルケルゥゥゥー!
お、お頭ッ!!
この、クヌートめ!おまえが、おまえがお頭の寿命を!!
亡霊の導き
-数年後-
ふう。
気付けばわしも、イングランド王兼デーン王兼ノルウェー王兼スウェーデンの一部の王か。
こうしてローマから、皇帝から、ミサに参列してくれと招待状の届くまでになった。
神聖ローマ帝国皇帝
コンラート二世
こう唱える者もいる。南の皇帝コンラート、そして北の皇帝クヌート、と。
母上の言う北海帝国とは、大ノルデン帝国とは、
これであった、の、か…?
結局、兄ハーラルとも、叔父ボレスワフとも争った。ナイショだけど。
トルケルは、義兄と呼んだオーロフと共にわしの元を離れ…。
そしてせっかく戻ってきてくれたのを最後の最期にわしはまた…。
ああ、結局わしはこの手で、ヨムスの者たちを滅ぼしてしまった…。
いったい、わしの人生は何であったのか。…むなしい…。
ん?
ブウーーーン
ブウーーーン
ブウーーーン ブウーーーン…
誰だ?誰かいるのか?お、お前は?
知る由もないだろうな。わしの名はオーラヴ。かつてオーラヴ・トリグヴァソンと呼ばれたノルウェーの覇者。そしていまはただの、亡霊のオーラヴだ。身体はスヴォルドの海の底よ。
なんだと!オーラヴだと!?そのオーラヴの亡霊が何の用だ!さてはこのわしの北海帝国ほしさに化けて出おったな。帰れ帰れ。きさまはヴァルハラ…じゃなかった、ジゴクでもレンゴクでもどこへでも行け!
はっはっは。いまさらこの世に何の未練があろう。
じゃあなんだ!
うむ。そなたを観ていると、なんだか懐かしくてな。まるで、まるでわしを観ているかのようじゃ。
何?
そなた、ひとりなのだろう。
…。
わしもそうだった。シグヴァルディに二度も裏切られ、王と呼んでくれたノルウェーの民もわしの元を去り、そなたの父スヴェンや、義兄のオロフ、それに叔父のミェシェコ -ミェシェコ殿はかつてわしの舅でもあったのに-、みなわしに敵対した。なぜだ?わしはただ、この北の地にも、南と同じような豊かな実りをもたらしたかっただけなのに。
…。たしかに、わしもトルケルを喪い、兄ハーラルとも、義兄オーロフとも争い、叔父のボレスワフ殿にも見限られた。エアドリックには手痛く裏切られ、デーンの摂政に取り立てたゴドウィンも、常にわしの隙をうかがっておった。心休まる日はなく、心許せる友も、なかった。エイリークとて、もしもう少し長く生きていたならどうなったことか。
そうであろう。それはな、おぬしがかつてのわしとおなじく、真の理を見出しておらぬからだ。
神は旧いも新しいもない。自然を敬えという神であろうと、人を敬えという神であろうと同じこと。いずれもみな言っていることはひとつ。おのれだけを愛するな、ということだ。言い換えればな、なんじの隣人を愛せよ、だ。
…三時のニンジンを愛す?
わしはウサギではないぞ!
…おぬしはあほうか。いやわしもかつて聞きマツガエたな。よいよい。でも違うぞ。正しくは"なんじの隣人"だ。
おまえの覚えたイングランドの言葉でいえば、Your neighborだな。おまえにはそうしたものがいるか?
おまえ自身のことばかり考えるのではなく、すぐそばにいる者、おぬしと共にありたいという者を、考えることがあるか。思いやることがあるか。おのれ自身よりも大切にすることがあるか…。
…。ま、まさか…。
…エマ…
そうだ。統治のために婚礼を挙げただけと思っているようだが、あの女のことをもう少し、考えてやってもいいだろうな。あの女、なかなか苦労しておるようじゃないか?え?
あの女はいま、信仰の道を見出し、ウィンチェスター司教の指導の元、各地の司教と交流を深め、教会を建立している。
もうひとつのヴァイキングの国、つまりノルマンディー公国の女…
…かの名高きロロの曾孫…
…先の夫とのあいだのイングランドの子も護りつつ、おぬしとの子、ハーテクヌートやグンヒルドもしっかりと育てているようだな。
おぬし、あの女とちゃんと話をしているのか?
おぬしの帝国が成り立っているのも、すべてあの女あってこそではないのか?え?
いつかきっと、あの女は、デンマーク、ノルウェーそしてイングランドにとってだけでなく、ヨーロッパ全域にとって、また教会にとって、歴史にとって、重要な役割を果たす。
いわば、最初のヨーロッパの女王と言ってもよい。いや、われら二人の間では、あのガンコ者のシグリッドに次いで、というべきかな(笑)わしが殴り、お前を育てた、あの頑固で賢く強い女の(笑)
ジミだからと言ってないがしろにするな。おぬしの目指す道と違うからと言ってムシするな。そばにいる者が何を考え、何を大切にしたいと思っているのか、おぬしはもう少し感じ、考えてみることだな。
わしが、弟に対してしてやれなかった分まで。いやこれは余計だったかな。
ブーーーーン
いまのは?いまのは!?
エマ、か…。考えてもみなかった。彼女が、シグリッドさまと同じ…。
彼女がわしの、"隣人"…。
そして、ヨーロッパの、
新しい女王、か。。。
.. To be continued.